かつてAT互換機の技術情報を無償公開し(この認識は間違ってない?)ある意味現在のPCの事実上の生みの親(これもあってる?)という自負がユーザーフレンドリーで了見の狭くない(?)製品をユーザーに提供している理由なのでしょうか。
でも、良心的なメーカーほど不遇(中国へ身売りでしたか?)な状況に陥るというのは現代の常か?。でも 『徳』 はちゃんと得られているのだから大丈夫よ!。
どこかのソフトメーカーのように違法ギリギリ、あるいは道義的に感心しないようなことを平気でやってるところでは、いくらお金が得られても決して 『徳』 は得られないのよ。
『徳』 のない人間は、決して 『幸せ』 には、なれません。