2015-10-25

時計コラム#03

スミス、MADE IN ENGLANDの矜持

旧車好きにはメーターの伝統ブランドとして有名なスミス社。そもそもは時計工房として創業した同社が手がけた腕時計の逸品を見つけました。


英国王室御用達

唐突ですが、昔から実用的で本物志向の英国製品には目がありませんでした。例えば、ラバーをラミネートしたブレディーの防水キャンバスバッグ、ステッキのように細身に巻かれるフォックスの傘、バーブァーのワックスジャケット、グローバーオールのコート等々、枚挙に暇がありません。

そうなると、腕時計に英国製はないのかということになりますが、今も昔も腕時計といえばスイス製が絶対的で、イギリスブランドだったとしても中身のムーブメントはスイス製なのです。ところが、さかのぼること半世紀、英国の薫り高い腕時計がありました。ロイヤルワラント(英国王室御用達)の高級宝飾ブランド、ガラード(GARRARD)の腕時計です。1735年に創業したガラードは"クラウン・ジュエラー"として160年以上にも渡って英国王室の王冠や装身具を一手に引き受けてきたイギリスでも名門のジュエラーです。

 

鈍い輝きを放つ9金無垢ケースと落ち着いたクリーム色の文字盤、スモール秒針がかもし出す佇まいは、伝統的な英国気質を感じさせてくれます。直径は33ミリと紳士ものとしてはかなり小ぶりですが、実用品として軽く装着感のないものが本来の在り方かもしれません。

製造はイギリス随一の時計メーカー、スミス社(SMITHS)によるもので、ハイエンドモデルのデラックス(De Luxe)をベースに開発されました。

スミス社の自社製ムーブメント

スミス社は、1851年にサミュエル・スミスが開業した時計メーカーが起源ですが、20世紀の急激なモータリゼーションとともに自動車用計器の分野で急成長しました。古い英国車のダッシュボードを飾るスミスのメーターは、旧車好きの方には馴染みが深いはずです。40年代には腕時計の分野でも目覚しい進化を遂げました。

当時、ロンドンに計器類の製造販売拠点を持っていたジャガー・ルクルトと事業提携していたスミスは、自社ムーブメントの開発に成功。世界最高峰の時計技術を誇るジャガー・ルクルトの影響を受けたクオリティーの高いムーブメントは、60年代まで製造されました。香箱を覆う大きなプレートとストレートなクリックスプリングが特徴で、イエローゴールドにメッキされたムーブメントはクラシックな懐中時計の雰囲気をかもし出しています。

さて、この腕時計に搭載されたキャリバー104は、ガラードのために特別に仕上げられたものです。耐震装置を備えガンギ車の受け石とセンターの二番車の穴石を追加して耐久性を高めています。テンプには通常の平ヒゲから高精度なブレゲ巻上げヒゲゼンマイに変更されています。

 

ケース製造の名門デニソン

ケースもこれまたイギリスの名門デニソン社が製造したものです。アメリカン・ウォッチの全盛期を築いたウォルサムの創業者の一人、アーロン・ラフキン・デニソンがロンドンで立ち上げたケース専門ファクトリーです。高品質で名を馳せ、ロレックスやオメガも同社を採用していました。

ラグにかけてのシルエットとエッジ、スクリューバックの密閉性には品質の高さを実感できます。素材は9K金無垢で、金の含有が18Kの半分なので高級とはいえませんが、当時は実用性の高い硬質なケースとして、紳士物の腕時計には多く使われていたのです。

 

英国製のこだわり

すべてが英国製で作り上げられた腕時計。文字盤、ムーブメント、ケースには誇らしげに"MADE IN ENGLAND"の文字が刻まれています。日本でも純国産に注目が集まり、生産地の明記が注目されています。

文字盤に"SWISS MADE"とあればスイス製であり良い時計というイメージを抱きますが、最近では生産地域全体の製品品質を高め、ブランド力の強化を目指す動きがあります。古くはスイスのジュネーブに始まり、同じくスイスのフルリエ、ドイツのグラスヒュッテが良い例です。ドイツで時計製造の長い歴史を持つグラスヒュッテでは、部品の大半をスイス製でまかなう時計ブランドに対して "Glashutte"の文字の使用を巡って訴訟問題に発展したケースがありました。これをうけて、2007年には"SWISS MADE"の基準が強化されました。

当時、腕時計はスイス製の工業化による大量生産された安価な機械に置き換えられていきますが、それはスミスも例外ではなりませんでした。これは英国製にこだわった腕時計の最後の遺産だと思います。

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