フリースプラング

時計のしくみ(7)

高級メーカーが、自社製ムーブメントの緩急調整に採用することが多いフリースプラング。ロレックスやパテックフィリップ以外にも、オメガの新開発CAL.8500系にも採用されています。一般的な緩急針方式と何が違うのでしょうか。

フリースプラングの概要

「フリー・スプラング」とは、その名のとおりヒゲゼンマイの長さを規制する緩急針がない方式です。進み遅れは、テンワの小さな補正ネジを回してテンワの慣性モーメントを調節します。左がフリースプラング方式の代表格、パテックフィリップのジャイロマックス、右が一般的な緩急針です。(デフォルメしています)

ジャイロマックステンプ(パテックフィリップ)

一般的な緩急針

アンティーク時計のテンワにもチラネジという微小ネジが付いていますが、これはテンワの片重りの調整のためです。

フリースプラングと緩急針比較

どちらの方式も高い精度に調整することが可能ですが、両者の特徴をまとめると以下になります。

   < 長所、短所 >

種類 フリースプラング 緩急針
メリット 高い精度を安定的に維持できる
ヒゲゼンマイの耐久性が高い
調整の範囲が広い
デメリット 調整の範囲が狭い
精度の高い部品が必要
調整に特殊工具が必要
精度維持の調整が難しい
緩急針との摩擦によりヒゲゼンマイの耐久性が劣る

時計の精度を維持するには、ヒゲゼンマイに高い等時性を持たせることがキーとなります。

動力ゼンマイがほどけてトルクが小さくなるとテンプの振り角は小さくなり、ヒゲゼンマイの伸縮も小さくなります。すると、緩急針のヒゲ棒に接触するタイミングが変わってきます。最悪、緩急針に触れたままになって時計は進みやすくなります。 時計の姿勢によってもヒゲゼンマイのたわみ具合が変化するため、同じような影響があります。 このため、ヒゲゼンマイを挟む2本のヒゲ棒の間隔(アオリ)を調整する必要があります。

ところが、緩急針でヒゲゼンマイの長さを規制することなく、テンプの振動を変化させることができれば、安定的に時計を動かすことができます。

フリースプラングとは、テンプに付けた小さいネジを調節することで、慣性モーメントを変えて振動スピードを変化させる方式です。 つまり、振り子時計の振り子の長さを変えずに錘の重さを変えるようなものです。この変化は微小なので細かい精度調整が可能ですが、逆に調整の範囲が狭くなります。このため。機械を組み上げた段階で既に高い精度であることが前提となります。つまり、ひとつひとつの部品が設計どおりに高い工作精度で製造されていなくてはなりません。 当然、ヒゲゼンマイ自体にも高い等時性が必要なため、ブレゲ巻上げヒゲが採用されます。

ロレックスのマイクロステラスナット

Rolex

ロレックスのフリースプラング方式。
マイクロステラナットと呼ぶ小さいネジが、テンワの内側に4個付いています。
ネジを内側寄りに回せば進み、テンワに近づければ遅れるよう調整できます。

テンプ受けは両手持ち。
ヒゲゼンマイも姿勢差に強いブレゲ巻上げヒゲです。


調整範囲は狭く、調整も難しいのですが、パーツひとつひとつの工作精度が非常に高い現代において続々と実用化されてきています。
主な採用メーカーとしては、パテック・フィリップ、オーデマ・ピゲ、ショパール、ロレックス、パネライ、オメガ等々。

振り角、姿勢差、外乱の補足

「振り角」とはテンプの振れ幅のことで、動力ゼンマイがフルに巻いてあれば大きなトルクで270度前後に振れますが、ほどけてくると振れ幅が小さくなってきます。 ブレゲ巻上げヒゲはトルクや姿勢による変形がなく、どんな状況でも同心円状で伸縮する特性があります。等時性を保ち続けることができるのです。動力ゼンマイがほどけてきた時の精度の悪化や、時計の姿勢による誤差の違い「姿勢差」が少なくなります。

「外乱」には、慣性モーメントの高いテンプであることです。重くしっかりと振動する大きなテンプでも良いですし、ハイビート(高振動)で振動させても良いです。いずれの場合も、動力ゼンマイからの大きなトルクの発生が必要となります。ヒゲゼンマイに目を向けると、ブレゲ巻上げヒゲは巻き上げ部分が外乱に弱いため、平ヒゲの方が衝撃に強いといわれています。 ちなみに、ゼンマイがほどけて振り角が小さくなれば外乱には弱くなります。