18世紀の時計産業は、イギリスやフランスのマリンクロノメーター(海洋精密時計)の開発と王侯貴族相手の高級時計の製作が中心でした。貴族達のために作られた時計は、ルイ15世様式と呼ばれる宝石や象嵌の装飾を施したケースに収められた置き時計や、鳥かご時計、からくり人形など、芸術性が高く、また極めて高い技術を要する工芸品でした。
一方、スイスでは、市民が政治と文化を担っていたため、普及品の懐中時計の生産が中心で、規格化された部品(エボーシュ)はイギリスやフランスにも輸出されていました。従来の1個の時計を1人の職人が最後まで作り上げる従来のスタイルは、合理化された分業スタイルに変化していきます。着実にスイスの時計産業は発展を続けていたのです。
主要な時計生産地であったスイスのジュラ地方は、ジュネーブの北、フランスと国境を接するジュラ山脈に囲まれた渓谷で、現在でも有名なラ・ショー・ド・フォン、ヌーシャテル、ル・ロックル、フルーリエなどの村々が点在しています。以外なことに時計を作る兼業農家が多く、農作業のない冬の間は時計部品を製作していたそうです。
1735年、ジュウ渓谷の小さな村ヴィルレで、ジャン・ジャック・ブランパン(Jehan Jacques Blancpain)が工房を開きました。これが、世界でも最も古い時計ブランド、ブランパンの始まりです。
ジャン・マルク・バシュロンが長い修行の末、製作した時計がジュネーブ市の時計ギルド(時計師組合)のマスターピースに認定され、1755年、後にバシュロン・コンスタンタンとなる時計工房をローヌ川沿いに構えました。ジュウ渓谷で作られる部品(エボーシュ)をエタブリスールと呼ばれるジュネーブの職人が組み立てる分業スタイルを確立し事業を拡大していきます。
1758年、ラ・ショー・ド・フォンの時計師ピエール・ジャケ・ドローは、自身の時計の技術をスペインに売り込むためマドリッドに旅立ちます。見事なオートマトン(からくり人形)が連動する置き時計は、国王フェルナンド6世に気に入られ、ピエールは王室御用達時計師として認められます。息子のアンリ・ルイが製作した3体のオートマトンはヨーロッパ中の評判となり、各国の宮廷に招待されるまでになりました。
1770年、ル・ロックルの時計師アブラハム・ルイ・ペルレは、回転する錘(ローター)で自動的に時計のゼンマイを巻き上げる機構を発明しました。普段、ポケットを収めている懐中時計には不向きでしたが、この発明は後世の腕時計のオートマチック機構に応用されることになります。
1791年、時計師ジャン・フランソワ・ボットがジュネーブに時計工房を設立しました。ここで作られる超薄型時計はヨーロッパ中で評判となります。トスカーナ公に贈られた時計はフィレンツェ金貨に収められ厚さわずか3.3mmでした。この工房が後のジラール・ペルゴ社です。
1747年、ジュウ渓谷ヌーシャテルにアブラアン・ルイ・ブレゲが誕生しました。15歳で時計師の養父の紹介でフランスのベルサイユに修行に出、1775年にはパリのシテ島に時計店を開きます。当初は故郷ジュラ地方の安価な部品を組み立てた時計を売りながら生活を支えていたようです。1780年、ペルレの開発した自動巻き機構を改良した懐中時計「ペルペチュアル」が好評を博し、王侯貴族からの注文が殺到するようになります。かの王妃マリー・アントワネットは、この世で最も美しく複雑な時計の製作を依頼しました。
1789年、フランス革命により王侯貴族の時代は終わり、ブルジョワ市民階級の時代が訪れます。王室御用達時計師だったブレゲは市民からの弾圧から逃れ、故郷のスイスで新しい機構の開発に情熱を傾けました。1795年にパリに戻ったブレゲは、温めていたアイデアを次々と実現させていきます。中でも、パーティーの同席者に気づかれずに時刻がわかる時計「モントル・ア・タクト」は、ブルジョワ階級でブームとなりました。各国の王侯貴族の注文も多く、「トゥールビヨン」、「永久カレンダー」、「シンパテックス」といった複雑時計も発表していきます。1815年には、2個のゼンマイを用いたトルクの減衰のないマリンクロノメーターを開発し、フランスの王立海軍時計師に認定されました。
当時の顧客名簿には、フランス王家に加え、ナポレオン・ボナパルト、トルコ皇帝セリム3世、アメリカ初代大統領ジョージ・ワシントン他、各国の王侯貴族が名を連ねます。
装飾を優先する貴族社会の美意識から、実用性、機能美を求める市民社会にもいち早く対応していきます。ギョーシェ文字盤とコインエッジケース、穴の開いたシンプルなブレゲ針、アラビックのブレゲ数字といった現在の伝統的なデザインもブレゲの発明です。
処刑されたマリー・アントワネット注文の時計No.160は、20年近くかかって1802年に完成しましたが、美術館から盗み出され今も行方不明です。
to be continued...