3レジスター・クロノグラフ/SSケース/直径35mm/厚さ14mm |
特徴的なサーペント針 |
手巻き/直径26.6mm/17石/毎時18,000振動 |
60年代に「ミュージアムウォッチ」の発売で腕時計モダニズムの先駆者となったモバード。アメリカ人デザイナー、ネイサン・ジョージ・ホーウィットによる、一面ブラックの文字盤に唯一12時位置にゴールドのドットを配置したデザインは一斉を風靡し、MOMAニューヨーク近代美術館の永久所蔵品にも選ばれました。エスペラント語で「ムーブメント」や「モーション」という社名のとおり常に先進的な時計メーカーでした。
機械式クロノグラフにおいても、モバードは40年代から60年代にわたってオリジナリティーにこだわった独自のクロノグラフを作り上げました。
風貌ガラスを固定するベゼルには、段差があり立体感を持たせてあります。ステップド・ベゼルと呼ばれるこの意匠はモバードの腕時計によく見られます。この時代の特徴であるクサビ形のインデックスに、12時位置だけアラビア数字にするのはモバードのセンスなのでしょう。
特に、サブダイヤルのウネウネした計測針は、9時位置の秒針と差別化するという機能的な一面とともに、遊び心も感じられます。このようなサーペント(蛇)スタイルの針は、現代のアーティスティックなアラン・シルベスタインやフランク・ミュラーにも見ることができます。
写真では文字盤の色褪せがやや効きすぎている感もありますが、実物はなかなかいいアメ色に焼けていて、赤みがかった明るいブラウンのレザーストラップが良く似合います。現代では小さめの直径35ミリのサイズも、着け心地は抜群で厚みのあるステップド・ベゼルが腕上で存在感を増してくれます。
1881年創業と歴史のあるモバードは、早くから自社で一貫生産していたため、この手巻き式
モバードの銘が刻まれた特徴的なブリッジはサイズが大きく、安定度と耐久性を増しています。一般的なY字型のブリッジ(右の写真)が心細く見えてきます。駆動するレバー類はどれも太く頑丈で、固定するネジもこれまた大きいことがわかります。
そして、最大の特徴はメンテナンスが容易である点です。通常は、ブレーキや中間車、リセットハンマー、更にそれを動かすレバー類が複雑に重なりあっているものなのですが、テンプの上のスペースを有効に使うことで、パーツのレイアウトに余裕を持たせているのです。おかげでテンプがほとんど見えなくなってしまっていますが、精度を調整できる程度のスペースは一応空いています。
このような点から傑作として誉れ高いキャリバー95Mですが、個人的には手放しで絶賛することはできない点もあります。それは操作性です。ストップウォッチのスタートとストップを下のボタンで行い、上のボタンでリセットするという、通常のクロノグラフの操作とはまったく逆なのです。さらにボタンをしっかり押し込まないときれいにリセットできない特性もあります。明らかに、レバーが重ならない独自レイアウトと、複数のレバーを介して伝達する工夫がもたらした弊害だと考えます。
しかし、耐久性やメンテナンスを重視した設計だからこそ後世に残り、他にはない個性的なメカニズムが今なお魅力を増しているのです。
後にモバードはゼニスと革新的な自動巻きクロノグラフの開発に着手します。
60年代当時のゼニスは、ユニバーサルのクロノグラフを製造していたマーテル社を傘下に収めていました。既にこのクロノグラフは30年代に溯る旧世代の設計だったとはいえ、マーテルは高い生産能力を有していました。一方のモバードは、三針のキングマチックに搭載する高振動キャリバー405系を開発中で、自社製クロノグラフで培った開発力を持ち合わせていました。
これらが歴史的なクロノグラフ3019PHCに結実したのです。秒10振動を誇る世界で唯一の自動巻きクロノグラフは「エルプリメロ」と呼ばれ、40年経った今もゼニスのフラッグシップとして燦然と輝き続けています。
現在、アメリカ資本となったモバードはニュージャージーに拠点を置いています。コーチやヒューゴ・ボス、ラコステ、トミーヒルフィガーのファッションウォッチを製造し、異色のマニュファクチュールとして名を馳せていた面影はありません。